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教えるということ、1月13日(土) [弓道]

本日は、グラスゴー弓道会の初射の日であり、教えることについて考える機会を得た。

言葉を話せる事と、その言葉を教える技術が別であるように、
弓が引けるのと、教えるのは別の技術である。

グラスゴーグループが出来てから、この地域の練習は私がみている。
私のように、技術が未熟な者の場合、知っている技術が少ないので、
用いる手が限られているという点においては、
あれこれ悩む必要もないので教え易いのかもしれない。
が、教えられる側の要求に常に応えられるわけではないのが、痛い弱点である。

一般的に、芸事を教える為には、何が必要なのだろうか。
私はまず、「教える者と教えられる者との間の信頼関係を早い段階で築く技術」を挙げる。

私の経験(教える、教えられる)から言って、相手が身構えてしまうような状態になってしまったら、
上手くなってもらおうと思って言っている話が何も伝わらない。
教わる相手が斜に構えてしまうと、言われた言葉を意地の悪い方に捉えてしまう傾向にあると思うので、
勿論、滲み出て来る態度もよろしくなくなる。
それを見て、教える側も良い気はしない。
悪影響の循環だ。

「教える」「教わる」ことの目的は何か。
やはり、「教えられる側の技術の上達」であろう。
自分が少しだけ技術が高い・知識があるからと言って、威丈高に振舞ったり、技術を見せびらかすのは愚の骨頂だ。
良い関係が築けなければ、教えられる者の上達は遅延することを肝に命じたい。

追伸:勿論、上記には勿論、教わる側の「教わり上手」も重要である。


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コメント 2

黒い招き猫

私の場合の教える時の注意点
完璧を求めないことかなー
どうやったって身体的.能力的に自分とは同じではないのでゴールに行くまでに若干異なるのは当然かと思うので。
(ゴール(完成)が同じならOKという職人感覚です。)
by 黒い招き猫 (2007-01-14 20:20) 

どらとら

黒招きさん<良い事書きますねぇ。
ゴールが同じかぁ…教わる方からしたら、高いゴールだと遠くて見えないがために、迷ってしまいそうです。
by どらとら (2007-01-15 03:41) 

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