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小・中・高思い出バトン(明るくはない・どらとら版)、10月27日(木) [回想]

私は、これまでにバトン系のものを2回受け取ったことがある。今回が3回目となる。

1度目は、mayuさんから「ミュージカルバトン」を。
2度目は、櫻さんから「ロマンチックバトン」を。
申し訳ないのだが、どちらもあまり書く事がなかったので断ってしまった。
3度目は「小・中・高思い出バトン」だ。
こっそりと三平太さんusagiさんから、ほぼ同時期に依頼が来た。
これまでの法則で行くとお断りするのだが、最近、人生の転機に来たなと感じる事が多いので、整理の為に書いてみても良いか、と思いきって受ける事にした。

思い返してみると、学校へは、大人への忠誠心の表れとして行っていただけで、主体性はほとんど無かったことを再認識した。大人からすれば、反抗もせず、言いなりになるので、随分扱いが楽だったに違いない。大過なく子供時代が終わったが、主体性がなかったので強烈な記憶も残らず、全体的に記憶自体が曖昧であるから、若干後から付けたした刷り込みが入っている可能性は否めない。


Q1 小・中・高の中で1番、思い出深い時期は?
難問だ。多分、中学2年だろう。
文化祭への舞台出演、体育祭での一致団結、生徒会参加など、小学校から高校までの学校生活の中で最も活動的であったと思う。体育祭や林間学校で、好きな人を遠くから眺めるのがたまらなかった。


Q2 1番お世話になった先生は、いつの時の先生?
小学校5・6年の先生
青年兵として戦地に赴いた事のある、筋金入りの根性のある方だった。
自作の算数のテストで、解法がエレガントであれば、配点10点の所を15点くれたりした。結果、テストは100点満点のはずが、最高点が150点くらいになることもあった。算数/数学の要は「解法」である事を教えてくれた。
国語の授業では、教科書の論述文を読ませて、授業時間一杯を使い、「筆者が言いたい論点5か所を抜き書きし、見せに来なさい」というものが多かった。だらだらと文を読むことでなく、論点がどこであるかを考えながら読むことの重要さを教わった。
初めて勉強が面白いと思った。


Q3 得意だった科目は?
小学校:国語、図工
中学校:国語、社会、美術
高校1年:現代文、美術
高校2年:数学
高校3年:化学、数学

子供の頃から絵を習っており、絵描きになりたかった。高校でも当然美術選択だったが、1年の時に彫った彫刻で、私の美術史上「初めて先生に作品を褒められなかった」事に衝撃を受け、真剣に「絵の才能がないのではないか」と考え始めた。2年の時の油絵はさすがに褒められたが、先生が皆に私の作品を見せている間中、しげしげと自分の作品をながら、「自分の作品は、単に事物を精密に描写しているだけで、皆に訴えかける表現力など何も無い」事に気付き、しばらく絵から離れようと決心した。以来、油絵は一枚も書いていない。


Q4 では、苦手な科目は?
小学校:無し
中学校:英語(特にリスニング
高校1年:古文、英語
高校2年:古文、英語(特に英作文)
高校3年:古文、地理、英語(特に英作文)

高校の時、能をやっていて、仕舞の謡は全て古語で書かれている上に、能楽部の顧問は当然古文の先生であったが、古文(漢文は好きだった)は大嫌いだった。
古文や英語などの語学ものを、日本語で事足りる、この日本社会でやる意味が見いだせなかった。


Q5 思い出に残った学校行事を3つあげてください。
学校行事は、与えられた中で何となくこなすだけのものに過ぎず、特に記憶にない。学校外にも記憶を広げて書いてみる。

1、 中学2年の文化祭
文化祭自体では舞台をやり、私自身も舞台に立ったのだが、そんなことよりも良く覚えているのはこちらだ。文化祭の時に、各クラス、自分達の出し物を宣伝するポスターを書くのだが、私は絵を描くのが好きだったので、頼まれると一つ返事で引き受けた。当時好きだったHound Dogの大友康平/氏の顔から汗がしたたる男前の写真を、GB(Guitar Bookという雑誌)で発見し、それをそのままポスターにした。水彩だったが、油絵の癖が抜けず、いつでも絵の具をべったり塗る描き方だった。さて、中々の自信作が出来、無事、全校掲示板に掲載された。貼り出されてから1ヶ月くらいの後、1年の時の美術を担当してもらった先生、「てっちゃん」(女性:顔が鉄仮面に似ているから、てっちゃん。結構失礼だな。)に廊下で呼び止められ、「あのポスター、○○(名字)が描いたんだろう?」と聞かれたので、「そうです。」と答えた。てっちゃんは、「そうだと思ったよ。というのは、『あのポスターが欲しい』とか、『誰が描いたんだ』っていう質問が殺到してね。一目見て、どうせ○○だろうと思ったから、そう答えといたんだ。合ってて良かった。」と言って去って行った。
自分の絵が、他人に何らかの感情を与える事ができたことと、先生が、私の絵だと分かってくれた事に、感動した。

2、 小学6年の時の○○動物園写生大会
とある画家の開く教室で絵を習っていたから、教室から年に最低3回の写生大会やクリスマスカードコンクールに出品していて、その都度入選をしていたが、絵の教室から出ると、提出前に必ず先生がちょこっと直してくれたり、アドバイスをくれたりして、どうも、本当に自分の力で入選している気がしなかった。この、○○動物園写生大会は、母親が新聞で見つけてきたもので、初めて自分の意思で参加することを決めた。当日は、母に作ってもらったお弁当を引っさげ、地下鉄に乗って一人で出かけ、一人で対象物を決め、もくもくと一日かかって描いた。題材は、たった一頭だけいたバク。「友達を簡単に作る才能」で書いた通り、6年の後半の半年はクラスから完全に無視されていたから、一人ぼっちのバクが自分に重なり、かわいそうだからせめて絵にしあげようと思った。感情が入り込んだのが良かったのか、絵の先生達の力を借りなかったから入選する訳ないと思っていたが、確か、県知事賞か何か、かなり上位に入選した。入選は、自分で知らせを受け取るよりも、上にも書いた、6年の担任の先生が新聞で見つける方が早く、学校で知らせてもらった。先生は、メジャーな写生大会に大抵私が入選するので、写生大会入選者が新聞に発表される度に、毎回名前をチェックしてくれていたらしい。
初めて自分で決め、一人で描いた絵が認められて嬉しかった。そして、毎回、新聞をチェックしてくれていた先生の存在、信用して一人で行かせてくれた母親の存在が有り難かった。

3、 小学6年の時の、ピアノの発表会
当時、個人の先生の所にピアノを習いに行っていた。個人の為、滅多に発表会はなく、この時の発表会も、先生の知り合いの先生達のものに便乗する形で参加させてもらった。会場は立食パーティー形式で、夜だったと思う。先生は、ンメンデルスゾーンが好きで、その発表も、先生もその昔発表会に弾いたという、思い出のメンデルスゾーンの曲だったが、元々15分くらいある曲が暗譜できず、途中4ページくらい削ってもらって、10分足らずにしてもらったにも関わらず、発表1週間前まで暗譜ができず、半泣きだった。なんとか必死で覚え、当日、トリで演奏し、何とか間違えずに演奏できた事に安堵した上に、「鳥肌ものの音楽を思い出す in Oxford」でもちらっと書いた、ピアノの上手いYが、遠路はるばる発表会を見に来てくれ、久しぶりに会えたこと、Yの前で良い演奏が出来た事が本当に嬉しかった。


Q6 学生時代は、クラスではどんなキャラでしたか?
自分が思うのと人が見るのは違うだろう。
私が思うに、小学校から高校を通して、「人がどう感じているかを観察」し、気を使う人間だった(今もきっとそうは変わるまい)。
小学校、中学校では、暗いと嫌われるから、頑張って明るくしていた。高校ではキレて、暗いままだった(今は開き直った)。
主体性は無く、人から与えられるのを待っていた(これは少しは変わった)。
我慢強かった(これは今もそう変わるまい)。
完璧主義だった(今よりも遥かに激しかった)。


Q7 学生時代の友達からの呼び名は?
小学校:あまり記憶にない。
中学:名字呼び捨て。
高校:下の名前の2文字+サン。


Q8 好きな給食のメニューは?
ほとんど記憶に無い。好き嫌いは小学生の時からなかったから、何でも美味しかった。中学の時は、揚げパンや、キャロットパンなどの変わったパンが好きだったような気がする。気がするだけかもしれん。


Q9 学生時代に出会った友人は、あなたにとってどんな存在ですか?
学生当時:その場の楽しさが共有できて、寂しさを紛らわすもの。
今現在思う、当時の友達:人生の一部を共有したにも関わらず、それを全く違った角度から見て記憶している、興味深い人達。大変貴重だと思う。

こういう記事を読んだ人達は、私の事をどう思うのだろう。疑問だ。


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コメント 13

kobakoba

どらとらさんの 現在の「天職」に至までの過程に興味がある 僅かに感じられるのは 得意科目が 小学校の文系から 高校に至って 数学、理科になるあたりでしょうか 美術を習い 好きだった というのは 今のセンスに表れいるような気がします 同じ設定のバトンが私にきたら どらとらさんのように 見事に自己分析はできない 何せ 人生を馬鹿にして いい加減に生きてきたから ただ 冷や汗タラタラで今でも思い出されるのは 秋の運動会で演壇から 「ただいまから ○○年の運動会を開始します」 と いう言葉が出てこず 暫く壇上で立ち往生していたことですネ
by kobakoba (2005-10-28 12:35) 

しょちょう

いろんなachievementsをお持ちじゃないですか!もっと自信を持たれていいと思いますよ。
by しょちょう (2005-10-28 13:09) 

袋田の住職

中学生の頃って難しい時期ですよね。
今思うと、恥ずかしいことばかり・・・
懺悔・懺悔・六根清浄
by 袋田の住職 (2005-10-28 14:07) 

KDN

>学校へは、大人への忠誠心の表れとして行っていただけで、
>主体性はほとんど無かったことを再認識した。大人からすれば、
>反抗もせず、言いなりになるので、随分扱いが楽だったに違いない。
 それだからこそ、今も(いい意味での)反抗心を持ち続けておられるのでしょうね。反骨精神と言った方がいいかな?
 多才でいらっしゃるのは以前から拝見していて容易に感じ取れますが、こうやって見せて頂くとなかなかすごいですよ!でも、完璧主義的な性格がご自身のそれを認めたがらないのでしょうね。英国人たちには分かりづらいメンタリティかも(笑)
by KDN (2005-10-28 19:18) 

黒い招き猫

ずばり多芸。
あと私は中学の頃までは反抗というか何も考えてなかったような気がします。
(最近は過去を思い出すことなく未来へ突っ走ることだけを考えております)
by 黒い招き猫 (2005-10-28 20:37) 

かりんこ

学生時代のどらとらさんは、「この人、原子力で自家発電しとるんとちゃうか」と思ってしまうぐらい、バイタリティの塊だったような気がします。
いつも臨界だぜ!みたいな。

私は、10分強のピアノ曲を完璧に暗譜するのに3ヶ月以上はかかります。
1週間足らずで追い込みをかけられるとは、さすがどらとらさんです。
by かりんこ (2005-10-28 20:56) 

mayu

わたしは、小6のときの先生が最悪で、全然授業にならず、
「比例」を中学に行って理解したほどだったので、
どらとらさんの先生が羨ましいです!!
子供の頃の教師って絶対的で、少なからず影響を与えられると思うので…。
どらとらさんに勉強楽しいって思わせてくれたその先生、
なんというか「質のよい楽しさ」を教えられる方なんでしょうね。
by mayu (2005-10-29 00:13) 

どらとら

kobakobaさん、懐かしい思い出がおありですね。子供時代は何やら混沌としていて、思い出すのが大変でした。

しょちょうさん、励ましてくださっているのですね。上を見て「あぁ、こりゃ駄目だなぁ〜」と思うネガティブな態度、ふとした時に出て来ます。人間、なかなか変われないもんですね、悲しい事に。ふぅ〜。

袋田の住職さん、小学校も中学校も高校も、全部難しかったです…。でもよく考えると今も難しいです…。
by どらとら (2005-10-29 04:02) 

どらとら

KDNさん、「反骨精神」、出てますか?
周りの大人達が作った価値観を鵜呑みするのではなく、自分で少しは考えられるようになるまで、随分時間がかかりました。完璧主義は、随分無くなったように思います。自分自身、全て不完全ですから…(笑)。

黒い招き猫さん、ずばり、私は全部中途半端(苦笑)。
未来へ突っ走れるのは、良いですね。過去に戻り始めると、なんだか良い事が逃げて行くような気がします。

かりんこさん、大学時代の思い出をどうもありがとう。
高校+αでの、常に自信が無く、自分から何もしようとせず、そのくせ、周りの人達が楽しそうにやっているのを見て羨む人生が嫌になり、もう少ししっかりしよう、と決心したのが、大学で下宿した時だったから、少し元気があるように見えたのかなぁ。
あと、ピアノの話ですが、ちゃいますがな。その前に数ヶ月、延々やっていたのに暗譜できなかったんやわ。それで先生が怒ってもうて、怖くて覚えた(苦笑)。それに、あーた、セミプロのあなたと楽譜にある音符の総数が全然違いますがな。

mayuさん、そうですね、先生の影響、少なからずありますよね。
小学校の時は学友には恵まれませんでしたが(苦笑)、先生には恵まれたようで、それはラッキーだったと思います。
by どらとら (2005-10-29 04:16) 

ポポチビ

「バトン」って英国なだけに、F1のJ.バトンかと思っちゃいました。
どらとらさん、数学得意でしたよね〜。
私、小〜大学卒までの記憶ほとんどないです。思い出したくないことだらけなのかも。
高校の時のどらとらさん、個性的で好きでしたよ〜。まわりもいろんな意味で個性的な人多かったですね。
by ポポチビ (2005-10-29 12:13) 

どらとら

ポポチビさん、貴重な意見をありがとうございます。
あぁ、F1好きだもんね。佐藤琢磨があまり活躍してなくて、今は少し暇なんかな?
大学卒まで記憶にないの?え〜、そんなこたぁないのでは?
個性的…、まぁ、それしか言い様がないのかもね(笑)。
by どらとら (2005-10-30 04:22) 

三平太

バトンを渡しておいて、見に来るのが遅れてすいません。淡々とまじめに読んでいたのですが、最後に「こういう記事を読んだ人達は、私の事をどう思うのだろう。疑問だ。」とあるのを見て、大ウケしてしまいました。なんというのかなぁ。やはりおもむき深い方だなぁと。お会いしたくなりましたよ(笑 お会いしたことはないけど、どらとらさんの理知的で同時に感覚的でもある人柄が溢れるような、とても楽しい記事でした! TBしときますねー。
by 三平太 (2005-10-31 23:26) 

どらとら

三平太さん、おいでやす。
あ、うけましたか?最後。よかった〜。私も三平太さんには是非お会いしてみたいです(笑)。
by どらとら (2005-11-01 04:31) 

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